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高血圧の新しい薬 エンレストについて医師が徹底解説

  • 執筆者の写真: HEIWA SOTOMURA
    HEIWA SOTOMURA
  • 6 日前
  • 読了時間: 23分

更新日:4 日前

「忙しい人向け|1分要約スライド」




日本人の約3人に1人が悩む国民病「高血圧」。自覚症状なく進行し、心筋梗塞や脳卒中を招く「サイレントキラー」です。しかし、適切な治療を続けることで、これらのリスクは大きく低減できます。


これまでの治療で血圧が安定しなかったり、心臓や腎臓の健康に不安はありませんか?近年、高血圧や慢性心不全の治療において、「エンレスト」という新しいお薬が注目を集めています。


従来の薬とは異なる「デュアルアクション」で血圧を強力にコントロールし、心臓・腎臓への保護作用も期待されるこの新薬について、内科専門医が詳しく解説します。



高血圧の新薬エンレストとは?従来の薬との違い

高血圧は、日本人の約3人に1人が悩まされている国民病です。自覚症状がないまま進行するため、「サイレントキラー」とも呼ばれており、将来的に心筋梗塞や脳卒中などの重篤な病気を引き起こすリスクを高めてしまいます。しかし、適切な治療を継続することで、これらのリスクを大きく減らし、健康な生活を送ることは十分に可能です。


近年、高血圧や慢性心不全の治療において、「エンレスト」という新しいお薬が注目を集めています。従来の血圧のお薬とは異なる作用機序を持つこのお薬は、特にこれまでの治療でなかなか血圧が安定しなかった方や、心臓・腎臓の健康が気になる方にとって、新たな治療の選択肢となる可能性を秘めています。内科専門医の視点から、この新しいお薬について詳しく解説いたします。




エンレストの2つの作用機序:ネプリライシン阻害とアンジオテンシン受容体阻害

エンレストは、血圧を下げる働きを持つ成分を2つ組み合わせた「合剤(ごうざい)」と呼ばれるタイプのお薬です。それぞれの成分が異なる方法で体内の血圧調節システムに働きかけることで、より強力な効果を発揮します。体の中で血圧を上げる仕組みを抑える一方で、血圧を下げる仕組みを活性化させる、まさに「デュアルアクション(二重作用)」による働きが特徴です。


  1. ネプリライシン阻害(サクビトリル)

    • 体には血圧を下げる働きや、余分な水分や塩分を体外へ排出する働きを持つ「利尿(りにょう)ペプチド」という「良いホルモン」が存在します。

    • 「ネプリライシン」という酵素は、この良いホルモンを分解してしまう働きをします。

    • エンレストに含まれる「サクビトリル」という成分は、このネプリライシン酵素の働きを妨げます。

    • これにより、体内の利尿ペプチドの量が増加し、血管が広がりやすくなり、結果として血圧が下がります。

    • 心臓や腎臓への負担を軽減する効果も期待できる、重要な作用です。


  2. アンジオテンシン受容体阻害(バルサルタン)

    • 体には血管を収縮させ、血圧を上げる作用を持つ「アンジオテンシンII」というホルモンがあります。

    • このホルモンが血管にある「受容体(じゅようたい)」という特定の場所にくっつくことで、血圧が上昇します。

    • エンレストに含まれる「バルサルタン」という成分は、アンジオテンシンIIがこの受容体にくっつくのを邪魔します。

    • その結果、血管が広がり、血圧が下がります。この作用は、古くから高血圧治療に用いられてきた「ARB(アンジオテンシン受容体拮抗薬)」と呼ばれる種類のお薬と同じ働きです。


このように、エンレストは血圧を上げる経路を遮断しつつ、血圧を下げる経路を活性化させるという、多角的なアプローチで血圧をコントロールします。

作用機序

成分名

働き

期待される効果

ネプリライシン阻害

サクビトリル

血圧を下げる良いホルモン(利尿ペプチド)の分解を抑える

血管拡張、利尿、降圧、心臓・腎臓保護

アンジオテンシン受容体阻害

バルサルタン

血圧を上げるホルモン(アンジオテンシンII)が受容体にくっつくのを防ぐ

血管拡張、降圧



ACE阻害薬やARBと比較したエンレストの優位性

高血圧の治療では、これまで「ACE阻害薬」や「ARB(アンジオテンシン受容体拮抗薬)」といったお薬が広く使われてきました。これらの薬も、血圧を上げる「レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系(RAAS)」という体内の仕組みを抑えることで血圧を下げてきました。しかし、エンレストは、これらの既存薬とは異なる、さらに進んだアプローチで血圧や心臓・腎臓の健康をサポートします。


エンレストが従来の薬と比較して持つ主な優位性は以下の通りです。


より強力な降圧効果

複数の大規模な臨床試験により、エンレストは従来のARB(例:バルサルタン、オルメサルタン、イルベサルタンなど)と比較して、血圧を下げる効果が有意に高いことが確認されています。

これは、血圧を上げる作用を抑えるだけでなく、血圧を下げる作用も同時に高めるというエンレスト独自の「デュアルアクション」によるものです。

「サクビトリル/バルサルタンによる降圧作用 - 腎臓への作用を中心に -」という研究では、この降圧効果の優位性が明確に示されています。


慢性心不全に対する予後改善効果

特に、心臓のポンプ機能が低下した「左室駆出率(さしつくだしりつ)が低下した慢性心不全(LVEF低下型慢性心不全)」の患者さんにおいて、エンレストはACE阻害薬と比較し、心不全の悪化や死亡のリスクを大幅に改善する効果が示されています。

大規模臨床試験である「PARADIGM-HF試験」では、心不不全による入院や死亡のリスクを約20%も減らす効果が確認されました。

この卓越した効果を受け、国内外の心不全治療ガイドラインでは、ACE阻害薬やARBを使っても症状が改善しない患者さんに対し、エンレストへの切り替えが強く推奨されています。


心臓・腎臓への多面的な保護作用

エンレストは血圧を下げる効果だけでなく、心臓にかかる負担を軽減したり、腎臓の血流を改善したりする効果も期待されています。

これにより、高血圧や心不全が進行することで起こりうる心臓や腎臓の病気を防ぐことにも役立つと考えられています。


従来の薬とエンレストの比較をまとめます。

薬剤の種類

主な作用

エンレストと比較したポイント

ACE阻害薬

血圧を上げる仕組み(RAAS)を抑える

血圧を上げる仕組み(RAAS)を抑える薬ですが、エンレストに含まれるネプリライシン阻害作用はありません。エンレストとの併用は「血管浮腫(けっかんふしゅ)」という重い副作用のリスクがあるため、使用してはいけない「禁忌(きんき)」とされています。特に心不全治療においては、エンレストの方が予後(今後の見通し)改善効果が高いことが大規模臨床試験で示されています。エンレストに切り替える際は、ACE阻害薬最終内服後36時間以上の間隔を空けることが必須です。

ARB

血圧を上げる仕組み(RAAS)を抑える

ACE阻害薬と同じくRAASを抑える薬です。エンレストはARBの一種であるバルサルタンを含むため、共通する作用もあります。しかし、エンレストはさらにネプリライシン阻害作用が加わることで、ARB単独よりも強力な降圧効果と、心臓・腎臓への保護作用が期待できる点が異なります。

エンレスト

ネプリライシン阻害 + アンジオテンシン受容体阻害(ARB)

従来の降圧作用に加え、ネプリライシン阻害による心臓・腎臓への保護作用が期待されます。特に、LVEF低下型慢性心不全の患者さんの予後を大幅に改善することが大規模臨床試験で確認されており、より多面的な効果が期待できる新しい治療薬です。現在の日本の保険適用では、ACE阻害薬またはARBからの「切り替え」に限定されており、初めて高血圧の治療を開始する際に、最初からエンレストが処方されることは通常ありません。

エンレストの主な適用疾患:高血圧と慢性心不全

エンレストは、主に「高血圧症」と「慢性心不全」という2つの病気の治療に用いられるお薬です。患者さんの状態や病状に応じて、医師が慎重に判断して処方されます。


高血圧症

エンレストは、血圧を効果的に下げる働きがあります。

特に、これまでのACE阻害薬やARBといったお薬だけでは十分に血圧がコントロールできなかった高血圧の患者さんにとって、新たな選択肢となります。

現在の日本の保険適用では、高血圧に対するエンレストの使用は、すでにACE阻害薬またはARBを服用している方からの「切り替え」に限定されています。

初めて高血圧の治療を開始する際に、最初からエンレストが処方されることは通常ありません。

高血圧は心臓や血管に負担をかけ、将来的に心筋梗塞や脳卒中などの重篤な病気を引き起こすリスクを高めます。エンレストは強力な降圧効果で、これらのリスク低減に貢献することが期待されます。


慢性心不全

エンレストが最も大きな効果を発揮するとされているのが、心臓のポンプ機能が低下した「左室駆出率(LVEF)が低下した慢性心不全」の治療です。

大規模臨床試験(PARADIGM-HF試験など)では、エンレストがACE阻害薬と比較して、心不全の悪化による入院や死亡のリスクを大幅に減らすことが明確に示されました。具体的には、死亡リスクを20%改善する効果が確認されています。

この優れた効果から、国内外の心不全治療ガイドラインにおいて、ACE阻害薬やARBで治療しているにもかかわらず症状が残る慢性心不全患者さんには、エンレストへの切り替えが強く推奨されています。

急性心不全の増悪(ぞうあく:病気が一時的に悪化すること)から回復し、状態が安定した入院中の患者さんにも適応されることがあります。


エンレストは、心臓と血管に多角的に作用することで、これらの疾患の治療において非常に重要な役割を果たすお薬と言えるでしょう。


エンレストによる血圧低下効果と心臓・腎臓への影響

エンレストは単に血圧を下げるだけでなく、高血圧や心不全に深く関わる心臓や腎臓に対しても、良い影響をもたらすことが期待されています。


強力な血圧低下効果

エンレストは、二つの異なる作用機序を持つことで、従来のARBと比較して、より強力で安定した降圧効果を発揮することが多くの研究で示されています。

これにより、高血圧が原因となるさまざまな合併症(例えば、動脈硬化の進行や臓器障害)のリスクを効果的に下げることが期待されます。


心臓への保護作用

慢性心不全の患者さんにおいて、エンレストは心臓にかかる過度な負担を軽減し、心臓の機能改善をサポートします。

具体的には、心臓が血液を全身に送り出す効率を高め、心不全の症状(息切れ、むくみなど)の改善に寄与します。

大規模な臨床試験では、心不全の悪化による入院のリスクを減らし、患者さんの生活の質(QOL)向上にもつながることが確認されています。


腎臓への影響

エンレストは、腎臓の血管を広げ、腎臓内の血流を改善する働きがあります。

「サクビトリル/バルサルタンによる降圧作用 - 腎臓への作用を中心に -」という研究で詳しく解説されているように、腎臓の輸入細動脈(腎臓へ血液を送り込む血管)を拡張し、髄質血流(腎臓の内部の血流)を増加させます。

これにより、腎臓が血液をろ過する能力(糸球体濾過量:GFR)を保ち、尿として水分や塩分を体外に排出しやすくすることで、血圧を下げるだけでなく、むくみの改善にもつながります。

しかし、「降圧効果を超えた腎保護作用が患者生命予後を真に改善するか」については、現在も継続的な研究が進行している段階です。

特に、慢性腎臓病(CKD)や糖尿病性腎臓病(DKD)、食塩感受性高血圧といった特定の腎臓の病態でのエンレストの有用性については、今後のさらなる臨床研究が期待されています。


このように、エンレストは血圧を効果的にコントロールするだけでなく、心臓や腎臓という生命維持に不可欠な臓器を守る可能性も秘めた、新しいタイプの治療薬と言えるでしょう。



エンレストを服用する際の注意点と副作用

高血圧の新薬エンレストは、従来の血圧のお薬とは異なる作用で、心臓や腎臓にも良い影響をもたらすことが期待されています。しかし、どんなお薬にも「良い面」と「注意すべき点」があります。エンレストを安全かつ効果的に服用し、治療を長く続けていくためには、いくつかの大切なポイントを理解しておくことが重要です。


まるで車の運転と同じように、車の性能を最大限に引き出すためには、信号や標識、周囲の状況に注意を払い、適切な操作をする必要があります。お薬の服用も、ご自身の体という「車」を安全に動かすために、お薬の特性や注意点をしっかりと知っておくことが大切です。


ここでは、エンレストを服用する際のタイミング、併用できないお薬、そして特に注意すべき副作用について、内科専門医の視点から具体的なポイントを分かりやすく解説していきます。これらの情報を参考に、安心して治療に取り組んでいきましょう。


服用を開始するタイミングと注意点:36時間以上の間隔

エンレストの服用を開始する際、特に重要なのは、以前に「アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE阻害薬)」という種類のお薬を服用していた場合の「切り替えのタイミング」です。この点には、非常に厳格なルールがあります。


ACE阻害薬は高血圧や心不全の治療に広く使われてきたお薬ですが、エンレストと同時に服用したり、短い間隔で服用したりすると、「血管浮腫(けっかんふしゅ)」という重篤な副作用が起こるリスクが著しく高まることが分かっています。血管浮腫は、顔、唇、舌、のどなどが急に腫れあがるアレルギーに似た症状で、ひどい場合には気道が狭くなり呼吸困難を引き起こす、命に関わる非常に危険な状態です。


この血管浮腫のリスクを避けるため、ACE阻害薬の服用を中止してから、必ず36時間以上の間隔を空けてから、エンレストの服用を開始する必要があります。この「36時間」という時間は、ACE阻害薬が体内で分解され、十分に体外へ排出されるために必要な時間として科学的に設定されています。


【エンレストへの安全な切り替えのポイント】

項目

詳細な説明

ACE阻害薬からの間隔

ACE阻害薬の最終服用から、必ず36時間以上空けてください。 この間隔は、重篤な血管浮腫という副作用を防ぐための「絶対条件」です。

体内で「ブラジキニン」という物質が過剰に増えることを防ぎます。

切り替えの対象患者

エンレストは、主に「左室駆出率(さしつくしゅつりつ)が低下した慢性心不全」の患者さんで、ACE阻害薬やARB(アンジオテンシンII受容体拮抗薬)を服用しても心不全の症状が残る場合、あるいは高血圧の患者さんで従来の治療では十分な効果が得られない場合に、「切り替え」が推奨されています。



エンレスト治療の長期的な見通

高血圧は、一度発症すると基本的に完治するものではなく、生涯にわたる治療が必要な慢性疾患です。そのため、治療薬を選ぶ際には「一時的な費用」だけでなく、「長期的な視点」で、ご自身の健康な未来への「投資」として捉えることが大切です。エンレストは、血圧を効果的にコントロールするだけでなく、心臓や腎臓という生命維持に不可欠な臓器を守る可能性も秘めた、新しいタイプの治療薬と言えるでしょう。このような優れた治療薬ですが、長く続ける高血圧治療において、費用や将来的な見通しは、患者さんにとって非常に重要な関心事です。ここからは、エンレスト治療にかかる費用、保険適用の条件、そしてこの治療がもたらす長期的な健康効果について、内科専門医の視点から詳しく解説いたします。



エンレストによる心血管イベントリスクの低減効果

エンレストは、単に血圧を下げるだけでなく、高血圧や心不全が引き起こす心血管イベント(心筋梗塞、脳卒中、心不全による入院、そして死亡など)のリスクを低減する点で、非常に大きな期待が寄せられています。


慢性心不全の予後を改善

心臓のポンプ機能が低下した「左室駆出率(さしつくだしりつ)が低下した慢性心不全(LVEF低下型慢性心不全)」の患者さんにおいて、エンレストは特にその真価を発揮します。

大規模臨床試験である「PARADIGM-HF試験」では、エンレストはACE阻害薬と比較して、心不全の悪化による入院や死亡のリスクをなんと約20%も改善するという画期的な結果が示されました。

この卓越した効果を受けて、国内外の心不全治療ガイドラインでは、ACE阻害薬やARBを使っても症状が改善しない患者さんに対し、エンレストへの切り替えが強く推奨(Class I推奨)されています。

これは、医師にとっても患者さんにとっても、心不全治療の新たな希望となるものです。


心臓と腎臓への多面的な保護作用

エンレストは、血圧を下げるだけでなく、心臓にかかる負担を軽減し、心臓の機能改善をサポートします。

さらに、腎臓の血管を広げ、血流を改善することで、腎臓への負担も和らげる効果が期待されています。

これにより、高血圧や心不全が進行することで起こりうる心臓や腎臓の病気を防ぎ、臓器の健康を守ることにも貢献すると考えられています。

ただし、「降圧効果を超えた腎保護作用が患者生命予後を真に改善するか」については、まだ継続的な研究が進行している段階です。

腎臓病(CKD)や糖尿病性腎臓病(DKD)といった特定の腎臓病におけるエンレストの長期的な有用性については、今後のさらなる臨床研究が期待されています。


高血圧や心不全を放置すると、心臓や血管に過度な負担がかかり続け、生命を脅かす重篤な病気のリスクが高まります。エンレストによる治療は、これらのリスクを積極的に低減し、患者さんの健康寿命の延伸に大きく貢献する可能性を秘めていると言えるでしょう。


エンレスト以外の新しい高血圧治療の選択肢

高血圧の治療は、患者さん一人ひとりの状態や合併症、ライフスタイルに合わせて、最適な薬剤が選択されるオーダーメイド医療です。エンレストは強力な降圧効果と心血管保護作用を持つ新しい選択肢ですが、他にも新しい作用機序を持つ薬剤が近年登場しています。


  • 多様な高血圧治療薬

    高血圧の治療薬には、エンレスト以外にも、カルシウム拮抗薬、ACE阻害薬、ARB、利尿薬、β遮断薬など、さまざまな種類があります。

    これらはそれぞれ異なるメカニズムで血圧を下げ、患者さんの状態に応じて使い分けられます。


  • エンレスト以外の新しい治療薬の例

    • SGLT2阻害薬(ナトリウム・グルコース共輸送体2阻害薬)

      • 元々は糖尿病の治療薬として開発されました。

      • 腎臓からの糖とナトリウムの排出を促すことで、降圧効果や心臓・腎臓の保護効果が期待されています。

      • 心不全や慢性腎臓病の患者さんにも適用が広がっています。


    • ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)

      • アルドステロンというホルモンの働きを抑え、心臓や腎臓への負担を軽減します。

      • 難治性高血圧や心不全治療において重要な役割を果たすことがあります。


  • オーダーメイド治療の重要性

    どの治療薬が最も効果的で安全かは、患者さん自身の病状や合併症(糖尿病、腎臓病、心不全など)、年齢、生活習慣によって異なります。

    例えば、腎臓病を合併している方には腎臓保護作用が強い薬が優先されたり、高齢の方には副作用のリスクを考慮した薬が選ばれたりします。

    内科専門医として、患者さんの全体像を把握し、最適な治療戦略を立てることが私たちの役割です。


高血圧治療の目標は、単に血圧の数値を下げることだけではありません。将来起こりうる心臓や血管の病気を防ぎ、健康な生活を長く続けていただくことです。そのためにも、新しいお薬の情報を含め、ご自身の病状や治療について主治医と積極的に相談し、納得のいく治療法を見つけていくことが何よりも大切です。



エンレストQ&A

エンレストは新しいお薬のため、患者さんから多くのご質問をいただきます。高血圧や心不全の治療を安心して続けていただくために、内科専門医の視点から、よくある疑問に具体的にお答えします。ご自身の治療への理解を深めるためにお役立てください。


Q1: 既存の降圧剤からエンレストへ切り替えるタイミングや、メリットは何ですか?

エンレストへの切り替えは、特に心臓の機能が低下した慢性心不全の患者さんにとって、大きなメリットがあります。これまで長らく使われてきたACE阻害薬やARBというお薬で治療しているにもかかわらず、心不全の症状が残っている場合に検討されます。


  • 切り替えの主な対象者

    • 心臓のポンプ機能を示す「左室駆出率(LVEF:さしつくだしりつ)」が40%以下の慢性心不全の患者さん

    • ACE阻害薬やARBを服用しても心不全の症状が残る方

    • 急性心不全の増悪(病状が悪化すること)から回復し、状態が安定した入院中の患者さん


  • 切り替えによるメリット

    • 大規模な臨床試験「PARADIGM-HF試験」では、エンレストはACE阻害薬と比較し、心不全の悪化による入院や死亡のリスクを約20%も改善する効果が示されました。これは、心不全治療において画期的な結果です。

    • 国内外の治療ガイドラインでも、これらの患者さんに対し、エンレストへの切り替えが強く推奨されています。


  • 切り替え時の最も重要な注意点

    • 以前に「アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE阻害薬)」を服用していた場合、エンレストへの切り替えには厳格なルールがあります。

    • ACE阻害薬の服用を中止してから、必ず36時間以上の間隔を空けてから、エンレストの服用を開始する必要があります。

    • この「36時間」という時間は、ACE阻害薬が体内で分解され、重篤な「血管浮腫(けっかんふしゅ)」という副作用を防ぐために必要な間隔です。血管浮腫は、顔や唇、のどなどが急に腫れ、呼吸困難に至ることもある危険な副作用ですので、このルールは必ず守らなければなりません。


  • 日本の保険適用条件

    • 現在の日本の保険診療では、エンレストはACE阻害薬またはARBからの「切り替え」に限定されています。

    • 初めて高血圧の治療を開始する際に、最初からエンレストが処方されることは通常ありません。


どのようなタイミングで切り替えるのが適切か、患者さんの状態を詳しく診察した上で、主治医が総合的に判断しますので、気になる場合はぜひご相談ください。



Q2: エンレストは高血圧だけでなく、心臓や腎臓にも良い影響があるというのは本当ですか?

はい、本当です。エンレストは単に血圧を下げるだけでなく、高血圧や心不全に深く関わる心臓と腎臓に対しても、良い影響をもたらすことが期待されています。


  • 心臓への保護作用

    • 慢性心不全の患者さんにおいて、エンレストは心臓にかかる過度な負担を軽減し、心臓の機能改善をサポートします。

    • 具体的には、心臓が全身に血液を送り出す効率を高め、息切れやむくみといった心不全の症状の改善に寄与します。

    • 大規模な臨床試験では、心不全の悪化による入院のリスクを減らし、患者さんの生活の質(QOL)向上にもつながることが確認されています。


  • 腎臓への影響

    • エンレストは、腎臓の血管を広げ、腎臓内の血流を改善する働きがあります。

    • 「サクビトリル/バルサルタンによる降圧作用 - 腎臓への作用を中心に -」という研究では、腎臓の輸入細動脈(腎臓へ血液を送り込む血管)を拡張することで、腎臓が血液をろ過する能力である「糸球体濾過量(GFR)」を保つよう働くことが解説されています。

    • これにより、尿として水分や塩分を体外に排出しやすくすることで、血圧を下げるだけでなく、むくみの改善にもつながります。

    • ただし、「降圧効果を超えた腎臓を保護する作用が、患者さんの生命予後(今後の見通し)を真に改善するか」については、現在も継続的な研究が進行している段階です。

    • 特に、慢性腎臓病(CKD)や糖尿病性腎臓病(DKD)といった特定の腎臓の病気におけるエンレストの長期的な有用性については、今後のさらなる臨床研究が期待されています。


このように、エンレストは心臓と血管に多角的に作用することで、これらの臓器を守る可能性も秘めた、新しいタイプの治療薬と言えるでしょう。



Q3: 副作用が心配なのですが、どのような症状に注意し、どう対処すれば良いですか?

どんなお薬にも「良い面」と「注意すべき点」があります。エンレストを安全かつ効果的に服用するためには、主な副作用とその症状、対処法を理解しておくことが大切です。


エンレストの主な副作用と注意すべき症状

副作用の種類

注意すべき症状

低血圧

めまい、ふらつき、立ちくらみ、だるさ、倦怠感

腎機能障害

むくみ、尿量の変化、全身のだるさなど(血液検査で確認されます)

高カリウム血症

不整脈、手足のしびれ、だるさなど(血液検査で確認されます)

血管浮腫

顔、唇、舌、のど、まぶたの急な腫れ、息苦しさ、声がれ(緊急性が高い症状)


  • 特に注意が必要な血管浮腫

    「血管浮腫」は、顔や唇、舌、のどなどが急に腫れあがるアレルギーに似た症状で、ひどい場合は気道が狭くなり、呼吸困難を引き起こす命に関わる危険な状態です。

    これは、体内で「ブラジキニン」という物質が過剰に増えることで起こると考えられています。

    そのため、過去にアンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE阻害薬)を服用して血管浮腫が起こったことがある方は、エンレストを服用できません。

    また、ACE阻害薬とエンレストを同時に服用したり、短い間隔で切り替えたりすると血管浮腫のリスクが著しく高まるため、ACE阻害薬服用中止後36時間以上の間隔を空けることが必須とされています。


  • 副作用を感じたら

    もし、上記のような気になる症状を感じた場合は、決して自己判断で薬の服用を中止したり、量を変更したりせずに、すぐに主治医に伝えてください。

    定期的な血液検査で、腎臓の働きやカリウムの値などをしっかり確認することが大切です。


ご自身の体の変化に敏感になり、気になることがあれば遠慮なく医師や薬剤師にご相談ください。



Q4: 若い世代や高齢者の高血圧患者がエンレストを服用する際の特別な注意点はありますか?

エンレストの服用に際しては、患者さん一人ひとりの年齢、体の状態、既往歴(過去にかかった病気)、服用中のお薬などを総合的に評価し、最適な治療法を検討することが重要です。


年代別の注意点

年代

注意点

若い世代の女性

妊娠を希望している方や、妊娠の可能性がある方は、必ず主治医に伝えてください。妊娠中にエンレストを服用すると、お腹の赤ちゃんに影響を及ぼす可能性があります。そのため、妊娠中は原則として服用できません。

高齢者

若い方に比べて、血圧が下がりすぎて「低血圧」になりやすい場合があります。低血圧になると、めまいやふらつき、立ちくらみが起こり、転倒のリスクが高まることがあります。そのため、少量から服用を開始し、体調を注意深く見守りながら調整することがあります。


  • 全ての年代で共通する注意点

    エンレストの服用を始める前には、ご自身の状態を詳しく主治医に伝え、よく相談することが大切です。

    服用を開始してからも、定期的な診察や検査を受け、体調の変化には敏感になりましょう。

    気になることがあれば、どんな些細なことでも、すぐに主治医に相談してください。

患者さん一人ひとりに合わせた「オーダーメイド」の治療を進めることが、高血圧治療では何よりも大切です。



Q5: エンレスト服用中に体調の変化があった場合、どこに相談すれば良いですか?

エンレストを服用中に、これまでになかった症状や気になる体調の変化を感じた場合は、決して自己判断で薬の服用を中止したり、量を変更したりしないでください。すぐに以下の機関にご相談いただくことが最も大切です。


  • まずは主治医に連絡を

    エンレストを処方した主治医、または普段診てもらっている「かかりつけの医師」に、速やかに連絡し、相談してください。

    ご自身の症状を具体的に、いつから、どのような状況で、どれくらいの頻度で起きているかを伝えると、適切な判断に役立ちます。


  • 緊急性が高いと感じたら

    夜間や休日など、かかりつけの医療機関とすぐに連絡が取れない状況で、症状が重いと感じる場合(例:激しい胸の痛み、強い息苦しさ、意識が朦朧とする、顔やのどが急に腫れてきたなど)には、緊急性も考慮し、「救急医療機関の受診」を検討することも必要です。

    その際には、エンレストを服用中であることと、服用している他の全てのお薬を伝えるようにしてください。


  • 普段からの準備

    緊急時に備えて、主治医の連絡先や、夜間・休日に受診できる医療機関の情報を把握しておくことをお勧めします。

    いつでも気軽に相談できる体制を整えておくことが、安心して治療を続ける上で非常に重要です


患者さんご自身が、ご自身の体調変化に気づき、適切なタイミングで医療機関に相談できることが、安全で効果的な治療継続の鍵となります。



まとめ

今回は、新しい高血圧治療薬エンレストについてご紹介しました。エンレストは、従来の薬とは異なる二重の作用で、強力に血圧を下げるだけでなく、心臓や腎臓を保護し、特に慢性心不全の悪化や死亡のリスクを大幅に減らす効果が期待されています。


もし、これまでの治療でなかなか血圧が安定しなかったり、心臓の健康が気になる方は、エンレストが新たな治療の選択肢となるかもしれません。ただし、これまでの治療薬からの切り替えには注意点もありますので、ご自身の病状やライフスタイルに合った最適な治療法を、ぜひ主治医とよく相談して見つけていきましょう。一緒に健康な未来を目指しましょう。


 
 
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